「現代社会と人権」渡辺拓也

四天王寺大学で開講されている「現代社会と人権」のオンライン授業用の教材です。無断転載や受講者以外への不要な拡散は控えて下さい。

飯田基晴監督「あしがらさん」2002年製作、73分

 今日は「あしがらさん」というドキュメンタリー映画を紹介します。

 授業では「不自由だと思っていたホームレス生活を自由に生きている」バイタリティあふれるおやじさんを紹介しました。また、テント村で生きる人たちのたくましさにも少し触れられたかなと思います。

 テント村のホームレスの人たちに対し、この映画の主人公であり、新宿の路上で生きるあしがらさんは、まさに「不自由なホームレス」像に当てはまる人物と言えるでしょう。

不自由なホームレス像

 映画の冒頭から路上生活の過酷さを否応なく見せつけるような場面からはじまります。にぎやかで騒々しい新宿の路上で、ゴミの中から残飯やタバコの吸殻を漁り、薄汚れた服装で狭い範囲を行ったり来たりするあしがらさんの姿は衝撃的です。話しかけるのもためらわれるような年老いたホームレスの男性に、監督の飯田さんはカメラを向けます。

 飯田さんの解説と字幕で二人のやりとりは理解できるのですが、最初に見たとき、私はあしがらさんが何を言っているのかわかりませんでした。ふつうにコミュニケーションを取ることすら難しそうで、正直、この人を撮り続けたところで、映画として盛り上がるようなことは何も起こらないのではないかと思いました。

最初の事件

 監督の飯田さんは、1998年から2001年にかけて、3年間、あしがらさんの姿を撮り続けたそうです。最初の事件は、あしがらさんが入院したという知らせでした。支援団体の知り合いから連絡を受けて、飯田さんはあしがらさんが入院している病院にお見舞いに行きます。そこでは、路上にいた時とは打って変わって、落ち着いた表情で、笑顔を見せて冗談をいうあしがらさんがいました。

 退院する時に、「施設に入るか、路上に戻るかどちらかだ」と言われ、あしがらさんは生活保護で施設に入ることを選びます。ところが、しばらくしてあしがらさんは施設から居なくなり、飯田さんは再び路上であしがらさんと再開します。せっかく生活保護を受けて施設に入れたと思ったのに、また大変な路上生活かと思うと、あしがらさんがかわいそうに思えてきます。

何が映画を面白くしたか

 この後、あしがらさんはまた行方不明になります。入院したり、行方不明になったり、あしがらさんが幸せになる道はあるのでしょうか。こんなあてのない生活を映し続けて、この映画はいったいどんな結末が用意できるのだろうかと不安になります。しかし、この映画はこの先、思いもよらないような展開を見せます。

 何が起こるのか、結末がどうなるのかは、この映画のビデオを手に入れて自分の目で確かめて欲しいと思います。一つ言えることは、この映画は単にあしがらさんを撮っているだけではこんな面白いものにはならなかっただろうということです。あしがらさんを撮り続けていても、映画として盛り上がるような出来事はないかもしれない、観ていて楽しくなるような結末は用意できないかもしれないという思いを、監督の飯田さん自身も感じていたのではないかと想像します。

 あしがらさんにカメラを向けたのは、結果的には3年になりますが、先行きが見えなくとも、あしがらさんという人物に惹かれて、地道にカメラを回し、あしがらさんと関係を持ち続けたことが、映画を超えた現実の物語を生み出していきます。この映画は「こんなことが現実に起こりうるのか」という驚きの体験をもたらしてくれるでしょう。