「現代社会と人権」渡辺拓也

四天王寺大学で開講されている「現代社会と人権」のオンライン授業用の教材です。無断転載や受講者以外への不要な拡散は控えて下さい。

寄せ場の労働者の助け合い

仕事探し

 前回の課題では、実際に自分が働いてもいい、働いてみたいと思えるような仕事を、インターネットの求人サイトを使って探してもらいました。「大学を辞めてでも働かなければならなくなったとして」という仮定をしたつもりだったのですが、もう一つ意図が伝わっていなかったようで、単にアルバイトを探してしまったという人の方が多かったように思います。

 アルバイトとして探す場合は、時給の高いところや、自分がすでに経験のあるような職場を選ぶパターンが多くなりました。いわゆる「就職する」という意味で探している場合でも、やはり収入面はしっかりみたうえで、自分の適正であるとか、未経験者でも対象であること、将来の昇進、昇級の可能性などが確認されていました。

「残業なし」の会社

 ある人が選んでくれた会社のメリットとして「残業なし」であること、そして「固定残業手当」があることを挙げてくれていました。また、週5日勤務ではあるものの、最低6時間から何時間も働くかは自分で決められるといいます。また、土曜、祝日などが休みになっているなど、「好条件」であると書いてくれていました。
 私もそれらしき会社を検索して見てみました。本当に同じ会社かどうかわかりませんが、確かに「残業なし」や「固定残業手当」といった文言が見られます。しかし、求人広告をよく読んでみても、一体何の仕事なのかよくわかりませんでした。どうやらインターネットの通信販売にかかわっている会社のようですが、具体的に何を扱っているのかわかりません。

 「固定残業手当」というのは、「残業をしてもしなくても、決まった時間残業した」とみなして支払われるお金です。「固定残業手当」が毎月7時間分、残業が1時間1,500円だとすれば、残業がなかった場合でも、10,500円は支払われるということです。ただし、残業がある場合は、7時間まで働かねばなりません。
 これは「残業なし」という条件と矛盾するように思われますが、「残業にならないように時間内に仕事を済ませてくれた方がいい」と会社側が考えて、モチベーションを高めるための仕掛けとして付けていると考えれば、おかしくはありません。しかし、「残業なし」と書くのは少し嘘があるように思われます。

その他おかしな点

 細かいところを見ていくと、いろいろおかしなところがあります。社員、パート・アルバイト両方に向けた求人で、それぞれの給与と時給が書かれており、「固定残業手当」がつくのは社員のみであるような記載になっています。ところが、アルバイトスタッフの「給与例」を見ると「固定残業手当」らしきものが含まれています。また、この「給与例」で計算された額は社員の給与として提示されているのと同じ額なのも気になります。そして、よく見ると、週5日、1日8時間労働に加えて、日曜日の午前中も出勤するようになっています。

 また「給与例」には「皆勤手当」というものが含まれています。しかし、「皆勤手当」についてはこの「給与例」にしか出てきませんし、体調も崩さずに週に5日と半日、働き続けることができるでしょうか。1日8時間労働に加えて、残業しなければならない場合もあるかもしれません。

 このように、求人広告を見ていると、細かいところがわからなかったり、書いてあることをどう理解したらよいのか分からないような記載に出くわすことがあります。

寄せ場での求人

あいりん総合センター

 ここからは、前回出てきた大阪の寄せ場釜ヶ崎から飯場の仕事に行く場合を見ていきましょう。寄せ場には「手配師」と呼ばれる人たちがいます。手配師は、建設会社と労働者の間に入って、両者を仲介することで、一人当たりいくらかのマージンをもらっています。

 前回も触れたように、釜ヶ崎は日本最大の寄せ場です。さまざまな歴史的な経緯があって、釜ヶ崎での日雇求人は、ある程度制度化されています。あいりん総合センターという巨大な建物があり、その建物の中で職業紹介が行われています。ここで求人する業者は、西成労働福祉センターというところに登録をして、労働者を募集します。

 労働者を募集する方法としては、窓口紹介と相対紹介があります。窓口紹介というのは、あいりん総合センター3階にある西成労働福祉センターの窓口に張り出される求人票を見て、センターから業者に連絡をとってもらうものです。ここには手配師は入ってきません。

 一方の相対紹介とは、あいりん総合センターの1階で、登録業者と労働者が直接話をして、まとまれば仕事に行くというものです。ここでは手配師があいだに入ってきます。大勢人を集めたり、仕事ができる労働者を集めようと思ったら、手配師の力を借りた方が早いという事情もあるのでしょう。ただし、このようなやり方は実際には違法だし、相対紹介は西成労働福祉センター以外でやれば、違法になります。ゆえに、西成労働福祉センターに登録していない業者がセンター1階以外で釜ヶ崎で路上求人を行えば、これは「闇求人」ということになります。

 「センターの1階」と言いましたが、実際には屋根付きの吹き抜けのようなスペースの周りに業者の車が停められ、大きな柱で支えられた高い天井の下を歩き回って、その日の仕事を探すのが釜ヶ崎での職業紹介です。
 ただし、このような風景が見られたのも2019年の3月末までのことで、現在は建て替えのためにあいりん総合センターは封鎖されており、仮移転先の西成労働福祉センターでは、相対紹介は行われず、すべて窓口紹介になっています。釜ヶ崎の街は大きな変化の真っ只中にあり、そういった事情については、また別の回で触れたいと思います。

初めて寄せ場から仕事に行く

 この授業でお話しするのは、元のあいりん総合センターが閉鎖される以前のことであることをお断りしておきます。

 「わしらがホームレスをしている理由は飯場に入ってみないとわからない」と言った西成公園の知り合いは、早朝のセンターに行くことを私に勧めました。「仕事に行きたければ、朝5時にセンターに行けばいい。若ければ仕事はある」というのです。

 これはあまりに大雑把なアドバイスに思えます。しかし、実際、釜ヶ崎から日雇の仕事に行く場合、これ以上のアドバイスは必要ありませんでした。もちろん、作業服を着て行った方がいいとは思いますが、たとえ働ける格好をしていなかったとしても、人手が足りなければ普段着で歩いている若者でも声をかけられます。

 ただし、大雑把なアドバイスのようで、重要な情報が含まれています。「朝5時に」という部分です。釜ヶ崎はJR環状線新今宮駅の真ん前にあります。センターの建物を新今宮駅から眺めることもできます。しかし、駅前にあったとしても朝5時では、まだ始発の電車が動き始める時間帯なので、釜ヶ崎の近くに住んでいなければ、自転車で行くか、徒歩で行くか、さもなければ前の日から釜ヶ崎にある安いホテル(ドヤ)に泊まっておく必要があります。

 普通の生活をしていると、朝5時にある場所に行くということはなかなかありません。「朝5時に行け」と言われているのに、私は最初、5時に少し遅れて釜ヶ崎に到着していました。最初のうちはこれで失敗して、仕事に行けなかったことがあります。

 「朝5時に行け」というのは、「朝5時までにはセンターにいろ」ということなので、実際には5時より前、4時半から5時までのあいだに到着しておかなければなりません。このことを理解してからは、私が仕事に行きたいときは、4時半には到着するようにしました。4時半ではいくらなんでも早すぎるのではないかと思っていましたが、建物の角を曲がってセンターの姿が見えるや否や、暗がりから「兄ちゃん、仕事あるで」と手配師から声をかけられ、半ば強引に会社の車に乗ることを勧められました。こういった時間の感覚は暗黙のルールとしてきっちりと共有されています。

助けてくれる先輩労働者たち

 初めて〈現金〉の仕事に行ったときは、5時15分くらいに到着していたので、仕事に行くことができませんでした。しかし、センターで立っていると、30代くらいの見知らぬ男性から声をかけられました。
「(業者の)車少ないな」「俺も広島から出てきて、(大阪では)初めて仕事行くんや」「仕事見つかったら一緒に行こうや」

 釜ヶ崎では初めて仕事に行くということでしたが、彼はすでに寄せ場で仕事を探す流儀を心得ている先輩労働者でした。昨日知り合ったという手配師に声をかけて、「明日来てくれたら、明日は二人分仕事紹介するわ」と、渡りをつけてくれました。

 私が本当に初めて仕事に行くまったくの素人であることを知ると、彼は驚いていました。「一緒に行こう」と、誘った相手が足手まといになりかねない初心者と知って、嫌がられるかと思いましたが、「わからないことがあったら、俺が助けてやるから。なるべく同じ場所で働けるようにしよう」と言ってくれました。

 初めて飯場に入る時には、見知らぬ労働者が助けてくれました。朝5時に行かなければいけないと〈現金〉で学んだにもかかわらず、〈契約〉で初めて飯場に入ろうという時、私は6時にセンターに到着したため、手配師にまったく相手にされませんでした。

 あきらめてその日は帰ろうとしているところ、「仕事見つかったんか?」と笑いながら声をかけてくる人たちがいました。彼らは「自分、そんな格好やったらあかん」とあれこれ口出しをして、最後には「しゃあない、わしらが一緒に仕事探してやるわ」と言って、実際に入る飯場を見つけてくれました。

 彼らは「西成は情が廃れたというけど、そんなことは無い。仕事見つけたからといって、なんかくれとか、なんかしろというんじゃない。わしにも初めてはあったから助けてやるんや」と言っていました。

 このように、寄せ場の労働者のあいだには、何もわからないやつが困っていたら助けてやろうという気持ちがあります。寄せ場に仕事を探しにくる人の多くは、建設労働の経験などないまま、「西成に行けばなんとかなる」と望みをかけてやってくる人です。誰もが、初めは不安を抱えながらやってきて、先輩労働者に助けられた思い出を持っています。そのような経験と思いが連綿と受け継がれているのです。

初心者へのフォロー

 初心者を助けてくれるのは、寄せ場で仕事を探すときだけではありません。先ほどの、広島から出てきたという労働者のように「わからないことは俺が助けてやる」といって、気配りしてくれます。また、仕事の進め方や、道具や造作物の名前などを休憩時間に親切に教えてくれます。

有能さへの志向

 このような親切さは、彼ら自身の仕事へのこだわりと関係しています。彼らは、仕事をうまくやってのけることに価値を置いています。基本的には日雇労働者である彼らは、毎日働く会社や現場が変わります。どれだけ働いても、一緒に働いた他の人との給料が変わるということもありません。その分、現場で活躍すること、仕事をうまくやれる有能な人間であることを示して評価されることに意味を見いだします。これを、ここでは有能さへの志向と呼んでおきましょう。

 ある人が「有能である」ということの中には、一緒に働く仲間とうまく協力関係を作れるということや、仕事がわからない人間、体力的に劣る人間がいても、うまくフォローできることも含まれています。つまり、初心者へのフォローと有能さへの志向はつながっていて、飯場で働く労働者のこのようなこだわりが助け合いを支え、助け合いは新しく加わった人間に働き方を教えるだけではなく、「最初はみんなわからないんだから、助けてやらないといけない」という考えをも伝えていくのです。

今日の課題

 今日の課題9は、このような助け合いについて考えてみて下さい。これまで経験してきた部活動や、アルバイトの経験でも構いません。経験豊かな人が、経験の浅い人に親切に何かを教えてくた実例について、あなたの経験を書いて下さい。あるいは、あなた自身が後輩に教えてあげたという事例でも構いません。そして、そのような配慮がなぜ行われたのかということについても考えみてください。そのような経験に思い当たらないという人は、今日の授業で紹介した飯場で働く労働者の事例について、あなたの感想を書いて送って下さい。

 件名に「学籍番号 氏名 課題9」を書いたうえで、jinken.ibu[at]gmail.com([at]を@に置き換て下さい)宛にメールで提出して下さい。